17年4月の日録(4/11~4/22)

170411~170412

 LOTUS句会のために選句した三句。作者はまだ不詳。

  かわたれの
   藍に塗れて
   充ちゆくは
    麦

評 多行形式は新たな定型として様式化しつつあるかもしれない。一度選び取られた様式は、もちろんその枠内で精緻化され装飾的に深化する道を辿るはずだが、この句にはまだ一行形式の残像、もっと言うなら「俳句の原像」といったものをいつくしむところがある。このアナクロニズムは、作者の知的誠実さを充分示すものだろう。アナクロニズムは時代遅れということではない。方法としての意識的時代錯誤としてもっと見直されるべきなのである。
 「かわたれの藍」がとても美しい。広々とした麦畑は朝露に塗られてゆくのである。しかしそれは、単なる情景描写でもないし心象風景とも少し違う。言語がもたらす空間に私は瞬時に存在させられる。その生々しい体験こそ句を読むということであり、安井浩司風に言うなら、句を会したことに他ならない。


 米西西皮耳亀の鳴く稽古

評 季語「亀鳴く」の援用からすれば、稽古とは今風に言うなら「婚活」というところか。一発芸のような気がしないでもないが、ま、ミシシッピアカミミガメという定型にスポッとはまる亀に免じて良しとしよう。こうした奇をてらう句は完全に定型でなければ様にならない。言い換えれば、定型はこうした軽業を許すということだ。


 牛行くに遅れて進む牛の腸

評 練達の句である。牛歩とはこういうことだったのか。これは動画では表現できない。映像で再現しえない世界を四次元的言語空間と定義したい。三次元世界が一次元、二次元の世界を内包するように、四次元世界は三次元以下の世界を内包するのである。4次元世界の牛歩はこの句のようになるはずなのである。


170413

北門に翼無きもの残さるる

 このバスで岬の春まで行けますか

 花の夜やさては道々人殺し


170414~170416

  無言劇二の腕の残されて幕

  パロールは一散に夕昏二季草

  朝ありや春愁の小刀を研ぐ

  耳二つ塞ぎて赫き春の星


170417~170422

 この一週間をニセコのスキー場の近くでインフラ整備工事を手伝った。高圧電線の地下埋設の土木工事だった。倶知安町の旅館から毎日、羊蹄山の麓を現場に向かう。雨の日が多い一週間だったけれど休工は無かった。
 ニセコ側から見上げる羊蹄山は、意外とずんぐりしている。猫背の富士山という感じだ。
ただ、つかの間、山裾から覗いた朝日に照らされた雪渓に、雲の影がバイオレット・グレーに映し出されたりすると、やっぱりいい山だなと思う。



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2017-04-23 : ホーム : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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熊谷陽一

Author:熊谷陽一
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